マラソンとんでも事件簿
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五輪金メダリストがヒッチハイクに成功?
1904.8.30 セントルイス・五輪
8月30日、酷暑の中で五輪マラソンがスタートしたが、出場31人中17人がリタイアした厳しいレースになった。1着でゴールしたフレッド・ローツ(アメリカ)は、20km付近でリタイアしたが、その後、偶然通りかかった車のヒッチハイクに成功。競技場に戻る途中に車が35km付近で故障してしまうと、ちゃっかり残りの距離を走って1着でゴールしてしまった。地元選手の優勝に競技場は沸き立ったが、ほどなく車の運転手が競技場に到着し、ローツが途中で車に乗ったことが判明して失格になってしまった。その後ローツはオリンピックから永久追放をされている。2着でゴールしたトーマス・ヒックス(アメリカ)が繰り上がり優勝とされたが、ヒックスも途中でワインやブランデーを飲んでいたという説があり、ゴール前の写真には他の2人に体を支えられる写真が残っている。どちらにしても、全体的におおらかな時代だった話である。
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マラソン世界最遅タイム(54年と8か月6日5時間32分20秒3)
1967.3.21 ストックホルム
事件の主役は、日本マラソンの父こと金栗四三。1912年のストックホルム・五輪で、32km過ぎに日射病で倒れて途中棄権扱いとなったが、当時の規則により「競技中に失踪し行方不明」扱いとなっており、まだ走り続けている状態だった。五輪開催55周年記念式典に伴い当時の記録を確認した五輪委員会が、金栗を招待。金栗が競技場でゴールを迎えた時は、スタートから54年が経過しておりギネスブックにもマラソン完走最長タイムとして認定された。現在は制限時間を過ぎたものは途中棄権扱いとなるため、今後この記録が破られることはありません。
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スタートでトラック周回を間違え、ゴールで帳尻合わせ
1958.12.7 朝日国際
栃木県宇都宮市で行われた、福岡国際の前身、朝日国際マラソンをスタート直後にハプニングが襲った。本当なら、競技場を3周半して道路へ出るところ、2周半で出してしまった。その代わり、ゴール前には1周多く、競技場を2周して帳尻を合わせたが、途中計時はすべて参考記録となった。しかも、優勝争いはトラックまでもつれ、周回遅れの選手をかわすところで勝負が決まるおまけ付きだった。
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1位から6位までが世界歴代10傑入りの超高速レース
1962.12.2 朝日国際
東京・五輪を2年後に控えてマラソンの強化を行っていた成果が高速レースとして表れました。レースは前半から外国人がハイペースで逃げると、日本人の集団も後方から追走。26kmを過ぎて日本人集団が追い付くと、先頭争いは激化。37kmでスパートした寺沢徹(倉レ)が、従来の日本最高を2分36秒も更新する特大の日本最高記録を樹立しました。2位の中尾隆行(東急)、3位の初マラソンの君原健二(八幡製鉄)までが従来の日本最高記録を上回り、1位から6位までが世界歴代10傑入りする、世界でも例がない空前の大レースになりました。
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世界最高記録を樹立!衝撃の高速レース! 1963.2.17 別府大分
前年に日本最高が更新され、上昇機運が高まっていた大会は衝撃の高速レースになりました。絶好の気象条件と日本の一線級が揃ったレースは、序盤から日本マラソン史上類を見ないハイペースで進みました。中間点を20人近い大集団で通過した後、30kmでは、寺沢徹、君原健二、金重千之、佐藤寿一の4人に。37kmで満を持した寺沢がスパートすると、最後のラストスパートで力を振り絞り、アベベの世界最高記録を更新する大記録を樹立しました。2位の渡辺和己(九州電工)、3位の大谷治男(東急)までが従来の日本最高を上回り、17位までが大会記録を更新しました。当時の日本は2時間20分を破ってから2年しか経っていないのに、20分以内に10人がゴールする想像を超える記録ラッシュとなりました。
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史上最年少記録? 6歳でマラソン完走 1984 アメリカ
アメリカのカリフォルニア州に住む、ナシア・ジョーブくん。1984年に現地のマラソン大会に6歳で初挑戦して、4時間25分で完走したとの新聞報道がありました。確認できる範囲では史上最年少の完走記録だと思われます。2022年にもイギリス人の男の子が、6歳でフルマラソンを8時間かけて完走したとの報道がありましたが、こちらは児童虐待と言われ両親のSNSが炎上したそうです。日本人では1985年1月にマニラのマラソン大会で、当時浜松市在住の小島ややもさん(7歳)が4時間45分で完走したとの新聞報道がありました。ちなみに、現在のホノルルマラソンは当日に7歳以上がエントリーの条件で、2012年にも7歳児が完走したとの報道があります。
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日本式の指示が失格の原因?タイムを教えたことで失格に。
1990. ゴールドコースト
沿道から選手に途中経過を教えたことで失格になった不思議な事件。ローカルレースのため大会運営上、途中時計が全く表示されない様子だったので、日本選手団は各コーチを5kmごとに配置。かつ自転車による移動で途中タイムを選手に伝えていた。行動がやや過剰な面もあったが、競技中に選手にタイムを教えたことが競技中に助力を受けたと判断され、男子マラソンの部1着でゴールした橋本康(鐘紡)選手が失格となった。日本選手団は即座に抗議したが、判定は覆ることはなかった。この例をとると移動しながらの声援は全て失格となってしまう、まか不思議な判定であった。
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衝撃の初マラソン世界最高!4位までが日本最高を更新!
1992.1.26 大阪国際女子
この年の前後は日本女子マラソン成長期。毎年のように白熱した大接戦が演じられました。バルセロナ・五輪の選考会となった今大会は気象条件にも恵まれ、前半からハイペースの展開に。後半は日本人選手が主導権を握り、ペースを維持したまま進みました。世界的に実績のあるドーレやクリスチャンセンを完全に振り切って、終盤は小鴨由水と松野明美がデッドヒートを展開。共に初マラソン世界最高記録で、小鴨は世界歴代9位、松野は世界歴代11位というとんでもない記録でワンツーフィニッシュを果たしました。4位の山本佳子も従来の日本最高記録を上回りましたが、それでも五輪選考に全く話が上がらないほどのインパクトを残した伝説のレースとなりました。
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3秒に3人が飛び込み、3人が日本最高、1人が日本タイの大盛況!
1994.1.30 大阪国際女子
日本女子マラソンの黄金期で、この大会は3年連続で日本最高を更新している注目の大会でした。アジア大会の選考を兼ねて有力選手が多数出場しており、中間点を過ぎると日本人の有力選手が先頭集団を占める状態に。25kmから浅利純子、藤村信子、吉田光代のダイハツ勢と安部友恵、朝比奈三代子の旭化成勢の対立の構図になり、安部、浅利、藤村の3人がトラック勝負にまでもつれ込みました。最後の直線でも大接戦になり安部が日本最高記録で優勝。同タイムで藤村、1秒差で浅利が続き、3人が従来の日本最高記録を更新。4位の吉田も従来の日本最高タイ記録、5位の朝比奈は従来の日本歴代5位相当で走り切り、日本歴代10傑のうち6つが書き換えられる女子マラソンの歴史に残る大激戦となりました。
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まさかのコース間違い! トップスリーの2人が失格!
1994.2.6 別府大分
好コンディションに恵まれて、レースは序盤から快調なペースで進みましたが、序盤からレースを引っ張っていたカスティーヨ(メキシコ)、ジェイコブス(アメリカ)、ゲメチュ(エチオピア)の3選手が、25.5kmの折り返し手前で大会関係者の車両につられてしまいました。折り返しの140m手前を曲がってしまった3人は間違いに気づかずに走り続け、カスティーヨがトップ、ゲメチュが3番目でゴールした後に失格となりました。ゴール後に失格を知った2選手は大激怒したが判定は覆らず。大会運営に問題を残した後味の悪いレースになってしまいました。
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トイレに行ってコースをショートカット? 1997.3.2 ロサンゼルス
女子のナデーズナ・イリーナ(ロシア)が2時間33分46秒のトップでゴールしましたが、コースをショートカットしたとして失格となりました。イリーナは序盤から先頭に立ちましたが、35km過ぎに胃の痛みからガソリンスタンドのトイレに立ち寄りました。そこからコースに戻る時に約40mの近道をしたと判定されてしまったのです。本人は同じ地点からレースに戻ったと主張しましたが、本人側にも大会運営側にも証拠がないため判定は覆らず、何とも言えない結末となりました。
代表内定者3人を全員変更 2001年エドモントン・世陸 ケニア
ケニア陸連は世陸に向けて4月にマラソン代表3人を決めたばかりですが、5月にマラソン代表3選手を外すと発表しました。1人は故障欠場ですが、2人は10000mに出場予定のためだそうです。そもそも選手の意向を確認しなかったのか疑問が残るところです。その後もケニア陸連のゴタゴタは続き、10000mに出場予定だった女子マラソン世界記録保持者のロルーペと、男子1500mシドニー五輪金メダリストのゲニがトラック代表から外される事件が起きました。ケニアで行われる強化合宿に参加しなかったことが理由とされましたが、2人とも普段からケニア国外を拠点にしており変な感じは否めません。陸連幹部の政治的駆け引きで、ロルーペは10年間で6回も代表を外されたと主張しました。
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まさかのペースメーカーが優勝! 2001.9.30 ベルリン
2001年ベルリンマラソンの男子でペースメーカーが優勝する珍事が発生しました。ペースメーカーとして出場していた、ジョセフ・ゴレブス(ケニア)が35kmでペースメーカーの役目を終える予定だったが、調子が良かったのか、35km以降もレースを続行。35km過ぎにペースを上げて先頭集団から抜け出すと、後続に30秒もの差を付けて優勝を飾ってしまいました。このレース以降、海外のレースでペースメーカーが完走して上位に入るレースが続きましたが、日本ではペースメーカーの完走を認めていないので日本では起こらない珍事です。
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世界最高記録の達成!ペースメーカー2人も世界歴代2位と5位!
2003.9.28 ベルリン
世界最高記録を目指したテルガトのため、ケニア人同士で練習パートナーでもあるコリルとムンジがペースメーカーとして高速レースを引っ張りました。5kmごとのスプリットを常に14分台で刻んだ3人は、25kmから独走。ところが32kmで役目を終えるはずだったコリルとムンジがそのままレースを継続。残り1kmで初めてテルガトが前に出ると徐々に差を広げていきますが、ゴール直前でコリルが急接近。あわや、と思われたがテルガトがわずかに前でゴール。それまでの世界最高を40秒も更新し、人類初の2時間4分台突入を果たしました。コリルも1秒差で続き2人同時の4分台突入は、マラソン新時代の幕開けとも言われました。ムンジも最後まであきらめず、世界歴代5位の好タイムでゴールしました。史上最速の高速レースは、2人のペースメーカーによって劇的な展開になりました。
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ショートカットで「距離不足」なのに想定タイムを正式タイムに。
2005.10.16 北京国際
1980年代から記録や距離が疑問視されることがある大会での不思議な判定。男子のレースは終盤にチェロノ(ケニア)が後続を2分も引き離して独走状態に。ところが、ゴール直前で先導車がコースを間違えて直進。つられたチェロノもそのまま直進し、約800mもショートカットしてしまいました。チェロノは2時間06分55秒でゴールしましたが、ゴール後にショートカットが発覚。すると、主催者は不足分の距離を走ったと想定して2時間09分15秒を優勝タイムにすると、前代未聞の発表を行いました。主催者側の先導ミスとはいえ、通常であればチェロノは失格となるか、優勝としても記録は参考記録扱いとするところですが、順位に関係ないことから正式記録として発表されました。以前から記録や運営面で不安視されていた大会の不手際でした。
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ゴール前でまさかの転倒。2位の選手がゴールテープを切る珍事。
2006.10.22 シカゴ
伝統のシカゴマラソンでも珍事が発生しました。第30回シカゴマラソンは終盤まで3人が競り合うスリリングな展開。最後の直線でチェルイヨット(ケニア)が抜け出し、優勝のテープを切るかと思われた瞬間、なんとゴール手前に描かれた大会エンブレムのシートに足を滑らせ、ゴールテープの真下にリンボーダンスのような形で倒れ込んでしまいました。後頭部を強く打ったチェルイヨットは立ち上がれず、5秒後に続いたジェンガ(ケニア)がゴールテープを切ってしまいました。大会主催者によりチェルイヨットの体がゴールラインを超えていることが確認され、順位に変動はなかったが、チェルイヨットは病院へ直行することになりました。
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季節外れの猛暑のためレース打ち切りで大量の途中棄権扱い。
トップは写真判定の熱戦。 2007.10.7 シカゴ
例年は秋風を感じるシカゴマラソンが季節外れの猛暑に襲われました。スタート時は22度だった気温が4時間後には31度に達し、夏マラソンの様です。主催者は4時間でレースの打ち切りを宣言すると、市民ランナー約4000人がゴール直前でしたが、途中棄権扱いとなりました。異常な暑さのためエントリーした45000人のうち10000人が出場を見送り、レースに参加した250人以上が病院に運ばれる異常事態でした。気温と比例して男子のレースは白熱しました。イヴティ(ケニア)とガリブ(モロッコ)が最後の直線までデッドヒートを展開。2時間11分11秒の同タイムでゴールする大接戦を演じ、写真判定の末に100分の5秒差でイヴティが初優勝を果たしました。この年の春には、ロッテルダムマラソンも猛暑によりレースが途中打ち切りとなるなど、異常気象が世界を襲っていました。
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ペースメーカーがペース無視のスパートさく裂。レースは大混乱。
2010.12.5 福岡国際
日本のレースは安定したペースを作るペースメーカーが多く、日本では珍しいレースでした。31kmまでのペースメーカーとして参加していたキプタヌイ(ケニア)が、15kmからのスプリットタイムを一気に1分も上げたため、レースが大混乱に。先頭集団にいた選手が次々と遅れ始め、20kmを過ぎてからはキプタヌイだけが独走する状態に。本人は日本最高記録を上回る2時間5分台の実力者で、前日から完走してもいいかと主催者に何度も確認していたといい、結局30kmを過ぎて係員にストップをかけられるまでレースを独走しました。レースの結果は大波乱の連続となりましが、そのおかげ?か優勝したガリブは大会記録を更新する見事な走りを披露しました。
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100歳がフルマラソンを完走 2011.10.16 トロント
インド系イギリス人のファウジャ・シンさん(100歳)は、トロントマラソンでフルマラソンを8時間25分16秒で完走し、フルマラソン完走のギネス最高齢記録を更新しました。シンさんはマラソンを89歳の時に始め、今回が8回目のレース。2003年のトロントでも、90歳以上の部(そんな部があるのにびっくり!)で5時間40分01秒の大会新記録で優勝しています。大会の3日前にはトラックレースで100mから5000mまでの8種目に出場し、それぞれの100歳以上の世界最高記録を更新したばかりだったというから恐れ入ります。ただし、シンさんには公式な出生記録が残っていないため、ギネス記録としては公認されていないそうです。
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乱入男が世界最高記録より先にフィニッシュ 2013.9.28 ベルリン
キプサング(ケニア)が世界最高記録を樹立したレースで、ゴールの直前に乱入者が現れキプサングより先にフィニッシュテープを切る珍事件が発生しました。前年のボストンマラソンでの爆破テロを受けて、例年より厳重な警備体制をしいていましたが、乱入者は出場しなかった女子選手のナンバーカードをつけてゴール脇に潜んでいたといいます。そして、ゴール直前に飛び出して、世界最高記録のフィニッシュテープを一瞬早く切ってしまいました。キプサングは主催者の演出だと思ったと言い気にしていなかったそうですが、カメラマンはデジタル処理で男を消す作業に忙しくなったそうです。
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三つ子がそろって五輪に出場。
2016.8.14 リオデジャネイロ・五輪
エストニアの3つ子、ルイク姉妹が3人そろってマラソンに出場して話題となりました。長女レイラは2時間54分38秒で114位、次女リイナは途中棄権、三女リリーが2時間48分29秒で97位でしたが、フィニッシュ地点では全員そろってカメラに収まり会場の話題となりました。
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主要マラソンで初!夫婦で自己記録を更新して優勝!
2017.4.9 パリ
世界の主要マラソンで、夫婦がともに自己記録を更新しての優勝する前代未聞の偉業を達成しました。主役はケニアの夫婦で、夫のポール・ロニャンガタは2時間06分10秒、妻のビュリティ・リオノリボは2時間20分55秒でともに自己記録を更新して、アベック優勝を果たしました。夫は約1分、妻は約4分もの大幅な記録更新で、夫婦による同日に完走したマラソン合計タイムは鈴木と一山に破られるまで世界最高記録でした。なお、主要世界大会での夫婦同時優勝の偉業は史上初の出来事だと思われます。
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参加者200人以上がコースをショートカットで失格。
2018.11.25 深圳
1万6000人が参加したハーフマラソンの市民大会で、多くの選手がコースをショートカットして失格となりました。折り返し地点の1kmほど手前の木が生い茂った中央分離帯を、選手たちが次々と横切る姿が交通監視用のカメラ映像に収められており、世界中にニュースとして放送されました。237人がショートカットをしたとして2年間の大会出場禁止となった他に、ナンバーカード偽造18人と替え玉出場の3人が永久資格停止になる、とんでもない大会となりました。
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非公認レースながら2時間切りの衝撃の記録!
2019.10.12 1:59Challenge
人類初の2時間切りを目指したプロジェクトが、オーストリア・ウィーンの公園内で行われました。2年前のプロジェクトで2時間0分25秒を記録している世界記録保持者のキプチョゲ(ケニア)が、ペースメーカーや手渡しの給水などのサポートを受けながらスタート。ペースメーカーにも世界のトップランナーが多数参加しました。先導車が1kmごとのラップを正確に走行するなどしながら高速レースをサポート。非公認ながら1時間59分40秒と、2時間切りの大記録を達成しました。
ラストの「びわ湖毎日マラソン」で衝撃の記録ラッシュ!
2021.2.28 びわ湖
新型コロナウイルスの関係で海外招待選手のいないレースは、衝撃の高速レースになりました。絶好の気候条件で行われたレースは、風に悩ませることもなくハイペースで進むと、最後までそのペースを維持。鈴木健吾(富士通)が日本人初の4分台となる日本最高を樹立しました。2位以下も好記録が続き、このレースだけで6分台を記録した4人と合わせて日本歴代10傑に5人が入った。ほかにも7分台を10人が記録し、初マラソン日本最高を3人が上回るなど、42人がサブテンを達成する歴史的レースになり、最後となったびわ湖毎日マラソンの花道を飾りました。
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夫婦で同日に完走したマラソン合計タイムで世界最高記録を樹立!
2022.3.6 東京
主役は、鈴木健吾と一山麻緒の日本人夫婦。男女同時スタートのレースは、夫の鈴木が海外勢に果敢に挑み、パフォーマンス日本歴代2位の2時間05分28秒で4位フィニッシュ。妻の一山も終盤に新谷仁美とデッドヒートを展開し、パフォーマンス日本歴代6位の2時間21分02秒で6位フィニッシュ。2人とも仲良くセカンドベストを記録し、夫婦が同日に完走したマラソンの合計タイムの世界最高記録を更新しました。
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