谷口が日本マラソン界に初の金メダル!
山下も女子マラソン初の銀メダル!
日本勢が地元で躍動!
1991年 第3回 東京・世陸(日本)
日本が初のホスト国となって開催された東京・世陸。8月23日から8日間にかけて開催され、男子100mのカール・ルイス(アメリカ)、走幅跳びのマイク・パウエル(アメリカ)が世界新記録を樹立するなど、連日満員のスタンドと日本中が沸いた。
ホスト国の日本は、男子マラソンで谷口浩美が金メダル、篠原太が5位入賞、女子マラソンで山下佐知子が銀メダル、有森裕子が4位入賞、400mで高野進が8位入賞と大成功を収めた。
まずは8月24日、大会2日目の女子マラソン。午前7時スタート時は気温21度で、この時期としてはしのぎやすい気候だったが、38人中14人が途中棄権という予想通りのサバイバル戦となった。
レースは5kmのスプリットが17分後半で進むスローペースになったが、1人、1人と集団から人数が減っていき、14kmで先頭集団は11人に絞られた。その後も徐々に脱落者が出て、21kmでロサ・モタ(ポルトガル)、23kmで荒木が遅れ始め、33kmで先頭集団は山下・有森・ドーレ(ドイツ)・パンフィル(ポーランド)の4人に絞られた。36kmの上り坂で有森が遅れると、先頭集団の3人は40kmを横に並ぶようにして通過。残り1kmの看板を過ぎたところでパンフィルがスパートすると山下が食らいつくが、ドーレが遅れる。パンフィルと山下の約3秒差は縮まらないまま、10000m31分台のスピードランナーが持ち味を発揮して、猛暑のサバイバルレースを制した。パンフィルはこれでマラソン5連勝。最後のトラックでも必死に前を追った山下が、夏マラソンながら自己記録を1分も更新して大殊勲の銀メダル。銅メダルはドーレが獲得した。
日本勢は、有森が山下以上に派手なガッツポーズで4位入賞を果たした。荒木は21kmで先頭集団から遅れると、ペースを上げられず12位にとどまった。
大会最終日の男子マラソンは女子とは気候が一変。8月30日、午前6時のスタート時すでに気温26度、湿度62度というサウナの中を走るようなレースとなった。日本勢では代表に決まっていた小指徹が、レース1週間前に故障により代表を辞退し、補欠の篠原太が出走することとなった。レースは当然のようにスローペースとなるが、過酷なサバイバルになる。女子同様、スローペースの前半から脱落者が続出し、25kmで先頭集団は日本人選手3人を含む7人になった。28kmでは中山が先頭集団から遅れだす。30kmの給水で谷口がスパートし、一時は集団から抜け出すが、35kmで集団に吸収される。36kmでは、後方から追い上げてきたスペンス(アメリカ)が先頭集団に追いつき、再び7人の集団に。しかし、38kmの上り坂で谷口が再度スパートすると誰も付いてこられず、一気に独走態勢を築いた。40kmでは篠原が2位集団の先頭に立ち、ダブルメダルの期待も高まった。谷口はそのまま逃げ切って、日本に55年ぶりの世界大会金メダルをもたらした。ラスト1kmからのスパート合戦を制したサラー(ジブチ)が銀メダル。銅メダルはスペンス(アメリカ)が獲得した。
日本勢では、ラスト勝負で敗れたが篠原が5位入賞の大殊勲。中山は足の痛みで、32km付近で棄権した。
Result
女子 8月24日
1位 W・パンフィル(ポーランド)
2.29.53
2位 山下佐知子(京セラ)
2.29.57
3位 K・ドーレ(ドイツ)
2.30.10
4位 有森裕子(リクルート)
2.31.08
5位 M・R・ルリュー(フランス)
2.32.05
6位 K・グラドス(ポーランド)
2.32.09
7位 M・マシャド(ポルトガル)
2.32.33
8位 R・ブラングロワ(ソ連)
2.33.00
12位 荒木久美(京セラ)
2.38.27
男子 8月30日
1位 谷口浩美(旭化成)
2.14.57
2位 A・サラー(ジブチ)
2.15.26
3位 S・スペンス(アメリカ)
2.15.36
4位 J・フルク(ポルトガル)
2.15.47
5位 篠原 太(神戸製鋼)
2.15.52
6位 S・ベッティオル(イタリア)
2.15.58
7位 M・カスティージョ(メキシコ)
2.16.15
8位 G・ボルディン(イタリア)
2.17.03
中山竹通(ダイエー)
途中棄権