ショーターが独走でアメリカ勢初優勝!

君原が5位入賞!

 

1972年 ミュンヘン・五輪(西ドイツ)

 

五輪期間中にイスラエル選手団がテロ集団に殺害される「ミュンヘンの悲劇」が発生。オリンピック史上最悪の事件として記憶されるが、平和へのメッセージとして世界中が団結して大会は大成功を収めた。

陸上では女子1500mと女子4×400mリレーが初採用された。男子100mの準々決勝では、アメリカの2選手が競技時間を間違えて遅刻のため失格となる珍事が起きた。失格となった選手を含めた400mリレーは、アメリカが世界新記録で優勝を飾った。男子長距離ではヴィレン(フィンランド)が5000mと10000mの2冠を獲得。10000mでは世界新記録を樹立した。男子5種目、女子7種目で世界新記録が飛び出るなど、レベルの高い大会だった。

日本勢は、マラソンの君原健二が2大会連続入賞となる5位に入ったのが唯一の入賞だった。

 

9月10日、マラソンがスタート。宇佐美は積極的に2〜3番手を追走。君原と采谷は第3集団からレースを進めた。宇佐美を含む10人ほどの先頭集団の最後尾にショーター(アメリカ)が付いて行く。次々と先頭が入れ代わりながら、ハイペースのまま縦長の先頭集団が15kmを通過した。15kmを過ぎてショーター(アメリカ)がペースアップして集団から1人抜け出すことに成功。そのまま後続を突き放すと、20kmでは早くも40秒のリードを作り独走態勢を築く。後続では、ムーア(アメリカ)、40歳のウォルデ(エチオピア)、リスモン(ベルギー)が競り合いながら前を追っていく。宇佐美は25kmを5位で通過したが、徐々に順位を落としていくが、代わって君原が順位を上げて行く。後半もショーターは悠々と走りながら、2位に1分半もの大差をつけてアメリカ初の五輪金メダルに輝いた。ショーターがスタジアムに姿を現す直前、地元の大学生がコース上に乱入し、優勝者のごとくトラックを1周するハプニングが起こった。32km付近からリスモンとウォルデのマッチレースになった2位争いは、40kmを過ぎてリスモンが抜け出して銀メダルを獲得。粘り切ったウォルデが、史上2人目の2大会連続メダルとなる銅メダルを五輪史上最高齢で獲得した。

日本勢は、前半は第3集団にいた君原が35kmで6位、40kmで5位と順位を上げて行き、2大会連続入賞となる5位入賞を果たした。前半から先頭集団にいた宇佐美は、30kmで上位集団から遅れ始めると12位でゴール。君原と同じく第3集団でレースを進めた采谷は、流れに乗れず36位でゴールした。

 

Resalt

 

1位 F・ショーター(アメリカ)     2.12.19

2位 K・リスモン(ベルギー)      2.14.31

3位 M・ウォルデ(エチオピア)     2.15.08

4位 K・ムーア(アメリカ)       2.15.39

5位 君原健二(新日鉄)         2.16.27

6位 R・ヒル(イギリス)        2.16.30

12位 宇佐美彰朗(桜門陸友会)     2.18.58

36位 采谷 義秋(広島県教委)     2.25.59