無名のアベベ・ビキラ(エチオピア)が世界最高記録で金メダル!

 

1960年 ローマ・五輪(イタリア)

 

イタリアの首都・ローマでの五輪は猛暑に見舞われた。8月に入り強烈な日差しの日が続き、開会式不参加の選手が続出する騒ぎとなった。あまりの暑さに驚いた東京・五輪組織委員会が、次回の東京開催を10月に日程変更したという逸話が残るほどの暑い大会だった。大会は800m、1500m、5000mで金メダル、マラソンでも銅メダルと、中長距離で4つのメダルを獲得したニュージーランド旋風が巻き起こった。

日本勢は、女子走り幅跳びの伊藤文子の12位が最高成績で、全体的に振るわなかった。

 

マラソンのスタートは9月10日。暑さを考慮してスタートが午後5時半になったため、終盤は暗闇なのかを走るレースになり、沿道には松明が灯されるなど、五輪史上初めて暗闇の中でレースが行われた。また、スタート、ゴールともメインスタジアムを使用しないレースも五輪史上初めてだった。

レースは先頭集団の5人がレースを先導。第2集団を30秒ほどリードして10kmを通過すると、競技場では最後方を走っていた無名のアベベ・ビキラ(エチオピア)が、先頭集団に追いついた。日本人選手は、渡辺がアベベと一緒に先頭集団に追いつく走りを見せる。広島と貞永は後方集団でマイペースを維持していた。ハイペースで進む先頭集団から、30kmを過ぎてアベベとアブドベセム(モロッコ)が抜け出して一騎打ちに。アベベは40kmでスパートするが、競技場手前までアブデセラムも粘る。最後はアベベが逃げきって、世界最高記録でゴールに飛び込んだ。アベベはシューズを履かず、裸足で走り切ったことから「裸足の王様」と呼ばれた。ハイペースでレースを引っ張りながら、最後まで粘り切ったアブデセラムが銀メダル。20km以降に順位を上げてきたマギー(ニュージーランド)が、32kmで3位に上がり銅メダルを獲得した。

日本勢では渡辺が23km過ぎまで先頭集団に食らいついたが、終盤に足に痙攣をおこして32位。マイペースながら順位を上げられなかった広島が31位、貞永は46位でゴールした。

 

Resalt

 

10月21日

1位 A・ビキラ(エチオピア)   2.15.16 世界最高記録

2位 R・アブデセラム(モロッコ) 2.15.42

3位 B・マギー(ニュージーランド)2.17.18

4位 K・ボロブヨフ(ソ連)    2.19.10

5位 S・ポポフ(ソ連)      2.19.19

6位 T・トーゲルセン(デンマーク)2.21.03

31位 広島 庫夫(旭化成)    2.29.40

32位 渡辺 和己(中大)     2.29.45

46位 貞永 信義(鐘紡)     2.35.11