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2008-M13 |
五輪1回、世陸3回 出場 |
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おがた つよし |
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尾方 剛 |
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戦略的な走りで世陸銅メダルを獲得 |
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中国電力 |
熊野高(広島)− 山梨学院大−中国電力 |
13.31.46 28.05.76 1.01.50 |
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1973年生 |
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小気味よいピッチと軽快さがあり、戦略的な走りを見せる努力型のランナー。高校時代から全国大会に出場し、1991年の石川国体では2位に入った。大学2年時の箱根駅伝で優勝テープを切り世間から注目を浴びる存在になるが、その後は故障等もあり数年もの間失意の日々を過ごした。中国電力に入社後、徐々に調子を取り戻し、1999年の福岡国際で初マラソンを走ると、2002年の福岡国際でサブテンを達成し、2003年のパリ・世陸に出場。2004年の福岡国際では初優勝を飾り、2005年のヘルシンキ・世陸での銅メダル獲得につなげた。五輪1回、世陸3回の出場歴を誇り、堅実な走りで日本マラソン界の歴史に名を残した。 2003年のパリ・世陸では、33km付近まで先頭集団で走り、ガリブのスパートには付いていけなかったが、入賞争いを展開。佐藤敦史を含む4人の8位争いで競技場に入ると、最後の直線まで競り合い12位でゴールした。 2005年のヘルシンキ・世陸では、第2集団から徐々に追い上げていき、30kmで7位、34kmで2位争いにまで浮上した。36kmでイセグウェ(ケニア)に抜かれたが、後方の追い上げを振り切って大健闘の銅メダルを獲得した。 2007年の大阪・世陸では、28kmで先頭集団がばらけると、大崎と6位争いを続けながら前を追いかけ、39kmで4位に浮上。3位に手が届くところまで来たが、最後の直線で力尽きて5位でフィニッシュを迎えた。 2008年の北京・五輪では、五輪史上に残るハイペースに全く付いて行けず、第2集団からのレースになった。中盤は30位前後まで順位を落とすが、粘りながら徐々に順位を上げて行き、13位まで順位を上げてゴールした。 |
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1999.12. 5 福岡国際 2.15.22 24位 2000. 4.16 ロッテルダム 2.11.43 16位 2001. 2.18 東京国際 途中棄権 2001. 9.30 ベルリン 2.10.06 4位 2002. 4.14 ロンドン 2.25.03 34位 2002.12. 1 福岡国際 2.09.15 2位 2003. 8.30 パリ・世陸 2.10.29 12位 2003.12. 7 福岡国際 2.08.37 6位 2004.12. 5 福岡国際 2.09.10 1位 2005. 8.13 ヘルシンキ・世陸 2.11.16 3位 銅メダル 2006. 4.23 ロンドン 2.19.17 26位 2006.12. 3 福岡国際 2.10.48 6位 2007. 8.25 大阪・世陸 2.17.42 5位 2008. 4.20 北京・プレ五輪 2.28.25 10位 2008. 8.24 北京・五輪 2.13.26 13位 2009. 3.22 東京 途中棄権 2010.12. 5 福岡国際 途中棄権 2011.12. 4 福岡国際 2.46.39 425位 2012. 2. 5 松山 2.17.53 2位 |
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