1995-M41

1995年 イエテボリ・世陸 41位

くらばやし としあき

倉林 俊彰

1500mが主戦場のスピードランナー

YKK

浦和実業高(埼玉)−

順天堂大−

日本電気HE−YKK

29.25.30

1.04.15

1966年生

1500mを主戦場にしたスピードを武器に、トラックや駅伝で活躍したランナー。高校時代はインターハイ5000mで7位入賞し、大学時代には箱根駅伝4連覇に貢献するなど、エリートランナーとして活躍した。大学4年時の1989年に毎日国際でマラソンに初挑戦するも、途中棄権に終わっている。大学卒業後に日本電気HEに入社するが、3年後にYKKへ移籍。その後のマラソンで安定感を発揮すると、1994年の福岡国際で5位に入り世陸代表に選出された。2000年のシドニー・パラリンピックでは、伴走者として出場した。

1995年のイエテボリ・世陸では、中盤まで集団に付いて走っていたが、ペースアップに対応できなかった。後半はスタミナ切れを起こし41位でのゴールとなった。

1989. 3.12 びわ湖      途中棄権

1990. 2. 4 別府大分     2.15.49 12位

1991. 2.10 東京国際     2.21.26 22位

1993. 2. 7 さいたま     2.20.13 1位

1993. 7.18 ゴールドコースト 2.16.00 4位

1993.12. 5 福岡国際     2.20.22 32位

1994. 3. 6 毎日       2.12.33 6位

1994.12. 4 福岡国際     2.11.28 5位

1995. 8.12 イエテボリ・世陸 2.28.57 41位

1996. 9.   シドニー     2.16.51 6位

1997. 2. 9 東京国際     2.22.55 23位

1998. 3. 1 びわ湖      2.21.14 50位

1998. 8.30 北海道      2.16.54 6位

1999. 4.19 ボストン     2.22.38 22位

1999.12. 5 福岡国際     2.13.52 16位

2000. 8.27 北海道      2.17.20 2位

2001. 2. 4 別府大分     2.15.39 15位