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1992-M04 |
1988ソウル・五輪、1992バルセロナ・五輪 4位 |
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なかやま たけゆき |
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中山 竹通 |
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日本人離れしたトライド走法が特長 |
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ダイエー |
池田工高(長野)− 長野鉄道管理局− 富士通長野−ダイエー |
13.43.80 27.35.33 日本記録 |
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1959年生 |
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身長180cmの細身ながら大きなストライドで、日本人離れしたバネがあるスピード感あふれる走り方が特長の「日本史上最強」とも言われるランナー。高校時代は全国大会出場の経験がなく、アルバイトや下請けとして働きながら力を蓄えた。陸上部を立ち上げたばかりのダイエーに入社後に才能が開花。マラソンを最終目標にしながらも、トラックでも好記録を連発。1987年の欧州遠征で10000mの日本記録を樹立したスピードを武器に積極的に飛ばすレースぶりが魅力で、1985年の広島・W杯で世界歴代3位の特大日本記録を樹立すると、1987年の福岡国際では雪が降る中、世界最高記録を上回るペースで独走する伝説の走りを見せた。五輪では2大会連続4位とわずかにメダルに届かなかった。 1988年のソウル・五輪では、先頭集団で積極的にレースを進めた。31kmでペースアップして先頭集団を絞るが、36kmで先頭集団から置いて行かれた。そこから最後まで前を追い詰めたが、わずかにメダルに届かず4位でゴールした。 1991年の東京世陸では、実績から日本のエースとして大きな期待を背負っていたが足の故障が長引いており、28kmを過ぎて遅れだすと、32.6kmでリタイアとなった。 1992年のバルセロナ・五輪では、先頭集団でメダルのチャンスを伺っていたが、25kmで黄永祚と森下広一に置いて行かれた。そこからフライガング(ドイツ)と競りながら3位に浮上するが第4コーナーで逆転され、2大会連続の4位でゴールした。 |
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1983.12. 4 福岡国際 2.14.15 14位 1984. 9.30 ソウル 2.15.45 3位 1984.12. 2 福岡国際 2.10.00 1位 日本歴代5位 1985. 4.14 広島・W杯 2.08.15 2位 日本最高記録・世界歴代3位 1985. 9.15 ソウル 2.10.09 1位 1986. 2. 9 東京国際 2.08.43 4位 1986.10. 5 ソウル・アジア大会 2.08.21 1位 1987. 2. 8 東京国際 2.10.33 2位 1987.12. 6 福岡国際 2.08.18 1位 1988.10. 2 ソウル・五輪 2.11.05 4位 1989. 4.17 ボストン 途中棄権 1990. 2.12 東京国際 2.10.57 1位 1991. 2. 3 別府大分 2.09.12 2位 1991. 9. 1 東京・世陸 途中棄権 1992. 2. 9 東京国際 2.10.25 2位 1992. 8. 9 バルセロナ・五輪 2.14.02 4位 1994. 2. 6 さいたま 2.17.37 2位 1994. 4.24 パリ 2.13.11 8位 1994.12. 4 福岡国際 2.15.23 17位 1996. 2.18 泉州国際 2.17.28 1位 |
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