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1988-M17 |
1988年 ソウル・五輪 17位 |
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しんたく ひさとし |
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新宅 永灯至 |
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日本史上最高のオールラウンダー |
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エスビー食品 |
西条農業高(広島)− 日体大−エスビー食品 |
13.24.69 27.44.5 1.02.23 日本最高 |
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1957年生 |
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3000m障害を中心にトラックで活躍したスピードランナーで、「日本史上最高のオールラウンダー」とも言われる。中学から陸上を始め、大学時代には3000m障害でアジア大会金メダルを獲得し、箱根駅伝優勝にも貢献した。卒業後はエスビー食品に入社し、全日本実業団駅伝4連覇に貢献するとともに、トラックでは3000m障害日本記録、日本選手権優勝13回、1984年のロサンゼルス・五輪10000m代表と日本を代表するランナーとして活躍した。アジア大会では、3000m障害、5000m、10000mの順番に3大会連続金メダルを獲得する快挙を達成した。マラソンに本格参戦した1985年の東京国際で初マラソン日本最高を記録すると、同年の福岡国際を日本歴代6位の好タイムで制して、マラソンでも日本のトップに君臨した。1980年のモスクワ・五輪も30000m障害の代表に選ばれており、長距離3種目での五輪代表は日本人では新宅ただ一人である。ソウル・五輪の前後、名前を永灯至(ひさとし)に改名していたが、その後名前を元の雅也(まさなり)に戻している。 1988年のソウル・五輪では、先頭集団の後方からレースを進めた。スローペースのサバイバルレースの中、25kmを過ぎてペースが上がると集団から遅れ始めた。後半粘って順位をキープしながら、17位でゴールした。 |
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1985. 2.10 東京国際 2.12.23 3位 初マラソン日本最高 1985.12. 1 福岡国際 2.09.51 1位 日本歴代6位 1986.12. 7 福岡国際 途中棄権 1987.12. 6 福岡国際 2.10.34 2位 1988.10. 2 ソウル・五輪 2.15.42 17位 1990. 4.22 ロッテルダム 2.15.17 4位 1990. 9.30 ベルリン 2.12.49 8位 1992. 2. 9 東京国際 2.20.34 21位 |
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