|
1988-M02 |
1987ローマ・世陸 金、1988ソウル・五輪 銀 |
|
|
Douglas・WAKIIHURI |
||
|
ダグラス・ワキウリ |
||
|
日本育ちの金メダリスト |
||
|
ケニア |
エスビー食品 |
13.24.01 27.59.60 1.03.00 |
|
1963年生 |
||
|
スピードとスタミナのバランスが良く、全盛期にはボルディン、モネゲッティと「マラソン世界3強」と呼ばれた日本育ちのランナー。1983年、19歳の時に瀬古俊彦に憧れて来日。エスビー食品に入社して素質を開花させた。トラックや駅伝で実力をつけると、1986年のびわ湖で初マラソン。1987年のローマ・世陸で金メダルを獲得した時には、優勝インタビューで日本語を話したことから、日本人と間違われたエピソードもある。翌1988年のソウル・五輪でも銀メダルを獲得するなど、世界トップの実力を発揮した。 1987年のローマ・世陸では、暑さとスローペースの中で我慢のレースを展開。35kmでスパートしてサラーと一騎打ちに持ち込むと、38kmで2回目のスパート。サラーを振り切って、ノーマークの存在ながら金メダルを獲得した。 1988年のソウル・五輪では、先頭集団でレースを進めると、38kmでサラーのスパートに付けず遅れてしまう。40kmで追い上げてきたボルディンに抜かれるが、41kmでサラーをかわして、銀メダルを獲得した。 |
||
|
1986. 3. 9 びわ湖 2.16.26 5位 1987. 2. 1 別府大分 2.13.34 6位 1987. 9. 6 ローマ・世陸 2.11.48 1位 金メダル 1988. 2.14 東京国際 2.11.57 7位 1988.10. 2 ソウル・五輪 2.10.47 2位 銀メダル 1989. 4.23 ロンドン 2.09.03 1位 1990. 1.30 オークランド・英連邦 2.10.27 1位 1990.11. 4 ニューヨーク 2.12.39 1位 1991. 4.15 ボストン 2.13.30 6位 1992. 3.15 びわ湖 2.17.17 14位 1992. 8. 9 バルセロナ・五輪 2.19.38 36位 1994. 4.17 ロンドン 2.19.25 38位 1995. 4. 9 ギリシャ・W杯 2.12.01 1位 1996. 2.12 東京国際 途中棄権 1999.12.12 ホノルル 2.18.59 4位 |
||