1984-M17

1976年、1980年、1984年 五輪代表

そう しげる

宗 茂

日本人初のサブテンを達成した「最強の双子」

旭化成

佐伯豊南高(宮崎)−

旭化成

13.40.80

28.17.60

1953年生

眼鏡と長髪がトレードマークの日本最強の双子の兄。弟・猛と瀬古俊彦との対決で日本中を沸かせた。兄弟を比べると茂はストライド走法でスピードタイプだった。中学から陸上を始め、高校では全国高校駅伝で1区を走り入賞に貢献した。卒業後は旭化成に入社し、初マラソンとなった20歳の延岡西日本で、兄弟でワンツーフィニッシュをして一躍注目の的になった。1978年の別大で日本人初のサブテンとなる日本最高記録、世界歴代2位の大記録を樹立した。1976年のモントリオール、1980年のモスクワ、1984年のロサンゼルスと、3大会連続で五輪の代表に選出された。他チームとの合同練習を積極的に行い、試行錯誤した練習方法を有力選手に公開するなど、日本マラソンの礎を築いた。

1976年のモントリオール・五輪では、前半のハイペースに付いて行けず苦戦した。それでも粘って15km過ぎまで先頭集団でがんばったが、後半は力及ばず日本人トップながら20位でゴールを迎えた。

1980年のモスクワ・五輪では、代表に選出されていたが日本が出場をボイコットしたため、幻の五輪代表になってしまった。

1984年のロサンゼルス・五輪では、30度を超える暑さの中で激しいペース変化に苦しみ、27kmで先頭集団からは遅れてしまった。しかし、後半は粘ってペースを立て直すと、落ちてくるランナーを拾いながら17位でゴールした。

1973. 3. 4 延岡西日本      2.17.28 1位

1973.12. 2 朝日国際       2.23.24 18位

1974.12. 8 福岡国際       2.18.32 16位

1975.12. 8 福岡国際       2.15.50 16位

1976. 4.18 毎日         2.18.05 3位

1976. 7.31 モントリオール・五輪 2.18.26 20位

1976.12. 5 福岡国際       2.14.59 4位

1977.12. 4 福岡国際       2.37.45 52位

1978. 2. 5 別府大分       2.09.05 1位

                         日本最高記録・世界歴代2位

1978. 4.16 毎日         2.17.13 3位

1978. 7. 8 メルトンケーネス   2.22.27 4位

1978.12. 3 福岡国際       2.11.41 3位

1979. 4.15 毎日         2.13.26 1位

1979. 7.29 モスクワ・プレ五輪  2.13.20 2位

1979.12. 2 福岡国際       2.10.37 2位

1980.12. 7 福岡国際       2.10.23 5位

1981. 2. 1 別府大分       2.11.30 1位

1981.12. 6 福岡国際       2.10.19 3位

1983. 2.13 東京国際       2.13.18 10位

1983.12. 4 福岡国際       2.09.11 3位

1984. 8.12 ロサンゼルス・五輪  2.14.38 17位

1985. 2.10 東京国際       2.10.32 1位

1985. 4.17 広島・W杯      2.12.27 17位

1985.10.13 北京         2.10.23 1位

1987. 5.10 ロンドン       2.14.53 17位

1989. 2. 9 別府大分       2.12.49 5位