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1984-M04 |
1980年 五輪代表、1984年 五輪 4位 |
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そう たけし |
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宗 猛 |
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日本最強の双子の弟 |
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旭化成 |
佐伯豊南高(宮崎)− 旭化成 |
13.42.30 27.59.31 |
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1953年生 |
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眼鏡と長髪がトレードマークの日本最強の双子の弟。兄・茂と瀬古俊彦との対決で日本中を沸かせた。兄弟を比べると猛はピッチ走法で、長い距離を得意としていた。中学から陸上を始め、高校時代は全国高校駅伝の3区で6人抜きの好走を見せた。卒業後は旭化成に入社すると、20歳で初マラソンとなった延岡西日本で、兄弟でワンツーフィニッシュをして一躍注目の的になった。その後もマラソンで実績を残し、1980年のモスクワ・五輪でもマラソン代表に選出された。1983年の東京国際では瀬古に競り負けたが、自己最高記録となる日本歴代2位・世界歴代6位の好タイムを記録した。1984年のロサンゼルス・五輪で4位入賞をはたすと、年代別の世界記録を樹立するなど40歳を超えても第1線で走り続けた。他チームとの合同練習を積極的に行い、試行錯誤した練習方法を有力選手に公開するなど、日本マラソンの礎を築いた。 1980年のモスクワ・五輪では、代表に選出されていたが日本が出場をボイコットしたため、幻の五輪代表になってしまった。 1984年のロサンゼルス・五輪では、前半からペースの上げ下げが繰り返される中、先頭集団でレースを進めた。37kmでロペス(ポルトガル)のスパートに対応できなかったが、最後まで粘り抜いて4位入賞を果たした。 |
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1973. 3. 4 延岡西日本 2.17.46 2位 1973.12. 2 国際 2.19.08 7位 1974.12. 8 福岡国際 2.16.38 11位 1975. 4.20 毎日 2.23.36 20位 1975. 8. 3 モントリオール・プレ五輪 2.32.38 6位 1975.12. 8 福岡国際 2.12.52 6位 日本歴代6位 1976. 4.18 毎日 2.29.32 38位 1976.10. 3 コシチェ 2.18.42 1位 1976.12. 5 福岡国際 2.24.15 19位 1977.12. 4 福岡国際 2.17.35 9位 1978. 2. 5 別府大分 2.12.48 2位 日本歴代7位 1978. 4.16 毎日 2.15.15 1位 1978. 7. 8 ミルトンケーネス 2.20.10 1位 1978.12. 3 福岡国際 2.16.08 15位 1979. 4.15 毎日 2.14.30 4位 1979. 7.29 モスクワ・プレ五輪 2.15.01 10位 1979.12. 2 福岡国際 2.10.40 3位 日本歴代4位 1980.12. 7 福岡国際 2.09.49 2位 日本歴代3位・世界歴代9位 1981. 2. 1 別府大分 2.11.32 2位 1981.12. 6 福岡国際 2.11.29 5位 1983. 2.13 東京国際 2.08.55 2位 日本歴代2位・世界歴代6位 1983.12. 4 福岡国際 2.09.17 4位 1984. 8.12 ロサンゼルス・五輪 2.10.55 4位 1985. 4.14 広島・W杯 2.11.01 8位 1985.10.13 北京 2.10.23 2位 1987.12. 6 福岡国際 途中棄権 1988.10.16 北京 2.10.40 3位 1989. 4.16 ミラノ・W杯 2.12.53 8位 1989.10. 8 メルボルン 2.18.14 1位 1990. 3.11 びわ湖 2.13.58 2位 1990. 4.22 ロッテルダム 2.16.10 6位 1990. 8.11 モスクワ 2.15.21 3位 1991. 2.10 東京国際 2.12.37 11位 1991. 4.21 ロンドン・W杯 2.13.15 27位 1992. 3.15 カタルーニャ 2.17.51 9位 1993. 2. 7 別府大分 2.15.32 7位 1993. 4.19 ボストン 2.23.08 31位 1993.10.10 宮崎・世界ベテランズ 2.22.29 1位 1993.12.19 防府 2.15.58 5位 1995. 3.19 びわ湖 2.18.37 27位 1995.12.17 防府 2.18.51 7位 1996. 2. 4 別府大分 2.16.32 8位 |
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