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1983-M42 |
1983年 ヘルシンキ・世陸 42位 |
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きた ひでき |
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喜多 秀樹 |
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トラックのスピードが魅力 |
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神戸製鋼 |
鹿島実高(佐賀)− 福岡大−神戸製鋼 |
13.27.44 日本歴代2位 27.48.59 日本歴代2位 |
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1952年生 |
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日本歴代2位の記録を持ち、1980年のモスクワ・五輪代表になったように、トラックのスピードが魅力のランナー。サブテンには届かなかったが、トラックでのスピードと意表を突くロングスパートには定評があった。高校時代はインターハイに出場するも全国的には無名の存在だったが、大学入学後に力を延ばした。大学在学中の1974年に初マラソンを走ると、マラソンとトラックを両立させながら活躍した。トラックでは5000mと10000mで日本歴代2位の記録を樹立しているが、2つとも従来の日本記録を上回りながら先着されており、喜多の名が日本記録として残ってはいない。マラソンでは1978年の福岡で日本歴代4位の好タイムをマークしたほか、1979年の別府大分、1981年の東京国際を制するなど、常に日本人トップ争いに顔を出したが、五輪には縁がなかった。 1983年のヘルシンキ・世陸では、前半はスローペースで先頭集団の中でレースを進めた。中盤以降は北欧の低温と強風に苦しみ、一気にペースダウン。42位でゴールを迎えた。 |
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1974. 2. 3 別府大分 2.30.21 59位 1974.12. 8 福岡国際 2.29.59 52位 1978. 2. 5 別府大分 2.15.01 5位 1978. 7. 8 ミルトンケインズ 2.20.10 1位 1978.12. 3 福岡国際 2.11.05 2位 日本歴代4位 1979. 2. 4 別府大分 2.13.29 1位 1979. 7.29 モスクワ 2.22.19 48位 1979.12. 2 福岡国際 2.22.25 41位 1980.12. 7 福岡国際 2.14.37 15位 1981. 2. 8 東京国際 2.12.04 1位 1981. 4.20 ボストン 2.36.59 650位 1981.12. 6 福岡国際 2.14.32 14位 1982. 1.31 東京国際 2.13.24 8位 1982.12. 5 福岡国際 2.11.09 2位 1983. 8.14 ヘルシンキ・世陸 2.21.37 42位 1983.12. 4 福岡国際 2.10.30 7位 日本歴代5位 1984.10.14 北京 2.12.16 1位 1984.12. 2 福岡国際 2.23.31 55位 1985.12. 1 福岡国際 途中棄権 1986.12. 7 福岡国際 2.17.26 29位 1987. 2.22 台北 2.29.19 17位 1987. 4.20 ボストン 2.15.23 9位 1987.10.18 北京 2.13.09 5位 1988. 4.18 ボストン 2.14.40 12位 1988.12. 4 福岡国際 2.11.51 5位 1989. 4.16 ロッテルダム 2.15.41 13位 1989.12. 3 福岡国際 2.17.28 14位 1990. 4.22 ロッテルダム 2.15.39 5位 1990. 8.11 モスクワ 2.18.16 8位 1990.12. 2 福岡国際 2.15.36 8位 1991.12.15 防府 2.16.27 5位 |
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