1983-M03

1976年、1980年 五輪 金メダル

Waldemar・CIERPINSKI

ワルデマール・チェルピンスキー

史上2人目の五輪2連覇を達成

東ドイツ

13.36.6

28.28.2

1950年生

史上2人目の五輪マラソン2連覇を達成した、正確なピッチ走法と勝負強さが光るランナー。元は3000m障害を専門としていたが、1974年からマラソンに転向し、1976年のモントリオール、1980年のモスクワと五輪で史上2人目の連覇を達成した。1983年のヘルシンキ・世陸では銅メダルを獲得し、世界大会では3個のメダルを獲得した。1984年のロサンゼルス・五輪は、母国のボイコットにより史上初の五輪3連覇の夢が立たれた。

1976年のモントリオール・五輪では、23km過ぎのショーター(アメリカ)のスパートに唯一人反応。マッチレースに持ち込むとショーターの消耗を確認し、34kmでスパート。そのまま終盤は独走して、金メダルのゴールに飛び込んだ。

1980年のモスクワ・五輪では、優勝候補ながら先頭集団につかず 、第2集団からレースを進め、中間点を過ぎて徐々に順位を上げて行った。36kmで先頭に立つと徐々に差を広げていき、史上2人目の五輪2連覇を達成した。

1983年のヘルシンキ・世陸では、スローペースで30kmを10人ほどの集団が通過した。34kmでスパートしたキャステラ(オーストラリア)とバルチャ(エチオピア)には付けなかったが、3人のトラック勝負を制して銅メダルを獲得した。

1974.10  6 コシチェ         2.20.29 3位

1975.10  5 コシチェ         2.17.31 7位

1976. 4.17 カールマルクスシュタット 2.13.58 1位

1976. 5 30 ヴィッテンベルク     2.13.58 1位

1976. 7.31 モントリオール・五輪   2.09.55 1位 金メダル

1976.12. 5 福岡国際         2.14.56 3位

1977.10. 2 コシチェ         2.16.01 3位

1978. 5. 8 プラハ          2.14.51 1位

1978. 6 24 コトブス・東独選手権   2.14.58 1位

1978. 9. 3 プラハ・欧州選手権    2.12.20 4位

1978.12. 3 福岡国際         2.22.49 32位

1979. 9  1 カールマルクスシュタット 2.15.50 1位

1979.12. 2 福岡国際         途中棄権

1980. 5. 3 カールマルクスシュタット 2.11.17 1位

1980. 8. 1 モスクワ・五輪      2.11.03 1位 金メダル

1980.10  5 コシチェ         途中棄権

1980.12. 7 福岡国際         2.10.24 6位

1981. 9.13 アーヘン・欧州杯     2.15.44 2位

1981.12. 6 福岡国際         途中棄権

1982. 1.31 マニラ          2.14.27 1位

1982. 6.30 ドレスデン・東独選手権  2.12.59 1位

1982. 9.12 アテネ・欧州選手権    2.17.50 6位

1983. 2.13 東京国際         2.12.40 7位

1983. 6.19 ラレド・欧州杯      2.12.26 1位

1983. 8.14 ヘルシンキ・世陸     2.10.37 3位 銅メダル

1983.12. 4 福岡国際         2.15.13 15位

1984. 2.12 東京国際         2.12.00 8位

1985.10  6 コシチェ         2.19.52 5位