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1983-M02 |
1983年 ヘルシンキ・世陸 銀メダル |
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Kebede・BALCHA |
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ケベデ・バルチャ |
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長期にわたり安定した成績を残したタフなランナー |
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エチオピア |
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1951年生 |
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数多くのレースに出場して安定した成績を残したタフなランナー。長期にわたり年間3回前後のフルマラソンレースに出場を続けた。1977年と1979年のモントリオールで優勝し、世界的に名を知られるようになった。1979年にアフリカ選手権を制すると、1981年には世界クロカンで優勝し、世界のトップレベルに躍り出た。マラソンでは、1983年のヘルシンキ・世陸で銀メダルを獲得した以外に成績を残していないが、アフリカ選手権では優勝1回、2位2回と好成績を残した。特筆すべきは、1月〜8月にレース出場が集中し、タイムの出やすい10月以降のレースが極端に少なく成績も良くなかった。現役引退後の1999年にはカナダに亡命した。 1987年のヘルシンキ世陸では、スローペースで揺さぶりが繰り返された中で先頭集団に食らいついた。34kmでキャステラ(オーストラリア)のスパートに反応してマッチレースに。39km手前で振り切られたが、後続を封じて銀メダルを獲得した。 |
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1977. 1. 9 アディスアベバ 2.20.46 2位 1977. 3.20 エソンヌ 2.16.46 3位 1977.10.17 アテネ 2.14.40 1位 1979. 7. 7 モンバサ・東アフリカ選手権 2.22.21 2位 1979. 8. ダカール・アフリカ選手権 2.29.53 1位 1979. 8.26 モントリオール 2.11.35 1位 1980. 1. アディスアベバ 2.20.14 1位 1980. 8. 1 モスクワ・五輪 途中棄権 1981. 1. アディスアベバ 2.22.37 2位 1981. 9.13 モントリオール 2.11.11 1位 1983. 2.13 東京国際 2.12.07 6位 1983. 4.17 ロンドン 2.11.32 4位 1983. 8.14 ヘルシンキ・世陸 2.10.27 2位 銀メダル 1983. 9.25 モントリオール 2.10.03 1位 1984. 1. 8 アディスアベバ 2.18.28 2位 1984. 5.13 フランクフルト 2.11.40 2位 1985. 2.10 東京国際 2.12.01 2位 1985. 4.14 広島・W杯 2.11.19 11位 1985. 8.16 カイロ・アフリカ選手権 2.24.31 2位 1985. 9.22 モントリオール 2.12.39 1位 1985.12. 1 福岡国際 2.17.36 20位 1986. 2. 9 東京国際 2.14.11 11位 1986. 6.14 アディスアベバ 2.16.45 3位 1987. 8.10 ナイロビ・全アフリカ大会 2.16.07 3位 1987.12. 4 福岡国際 2.20.24 46位 1988. 4.17 ロッテルダム 2.12.04 6位 1988. 8.31 アナバ・アフリカ選手権 2.29.04 3位 1988.12. 4 福岡国際 2.12.55 10位 1989. ラゴス・アフリカ選手権 2.26.35 2位 1989.12. 3 福岡国際 途中棄権 1992. 5.31 メルボルン 2.19.06 7位 参考記録 |
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