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1976-M02 |
1972年 五輪 金、1976年 五輪 銀メダル |
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Frank・SHORTER |
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フランク・ショーター |
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アメリカにマラソンブームを起こした「韋駄天」 |
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アメリカ |
13.26.62 27.45.91 |
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1947年生 |
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長髪をヘアバンドでまとめて颯爽と走る姿から、日本では「韋駄天」と呼ばれ、世界中にファンを持っていた名ランナー。1972年のミュンヘン・五輪ではマラソンで金メダルを獲得し10000mでも5位入賞、1976年のモントリオール・五輪でもマラソンで銀メダルを獲得したほか、当時世界最高峰の大会と言われた福岡国際で4連覇を達成するなど活躍し、母国アメリカにマラソンブームを巻き起こした。1973年の毎日では、レース途中にトイレに行きながら大会記録を更新する伝説的走りを見せた。大学の医学部と法学部を卒業した秀才で、プロランナーの先駆けとなるほか、自らの名前を冠したランニング用品の会社を設立するなどビジネスでも活躍した。 1972年のミュンヘン・五輪では、先頭集団でレースを進めると、15kmを過ぎてペースアップ。そのまま後続を突き放して独走態勢を築くと、2位に1分半もの大差をつけてアメリカ人としてマラソンでは初の五輪金メダルに輝いた。 1976年のモントリオール・五輪では、23kmを過ぎて集団から抜け出すとチェルピンスキーとのマッチレースに。しかし、完全マークに体力を消耗してしまい、31kmでのスパートに対応できなかった。五輪2連覇は逃したが、銀メダルを獲得した。 |
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1968. 8.18 米国五輪選考会 途中棄権 1971. 6. 6 ユージーン・全米選手権 2.17.45 2位 1971. 8. 5 コロンビア・パンアメリカ 2.22.47 1位 1971.12. 5 国際 2.12.51 1位 1972. 7. 9 ユージーン・五輪選考会 2.15.58 2位 1972. 9.10 ミュンヘン・五輪 2.12.20 1位 金メダル 1972.12. 3 国際 2.10.30 1位 世界歴代3位 1973. 3.18 毎日 2.12.03 1位 1973. 5.20 ヘルシンキ 途中棄権 1973.12. 2 国際 2.11.45 1位 1974.12. 8 福岡国際 2.11.32 1位 1974.12.15 ホノルル 2.33.32 4位 1975.10. 4 クロウリー 2.16.29 1位 1976. 5.22 ユージーン・五輪選考会 2.11.51 2位 1976. 7.31 モントリオール・五輪 2.10.46 2位 銀メダル 1976.10.24 ニューヨーク 2.13.12 2位 |
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