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1968-MDNF |
1968年 メキシコ・五輪 出場 |
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ささき せいいちろう |
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佐々木 精一郎 |
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マラソンにスピードを持ち込んだ「革命児」 |
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九州電工 |
鳥栖工高(佐賀)− 九州電工−神戸製鋼 |
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1945年生 |
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腕を抱え込んで大きく振る独特のフォームが目に付くスピードランナー。当時、持久型だった日本マラソン界にスピードを持ち込み、「革命児」と呼ばれた。中学から陸上を始めると、高校時代はインターハイ5000mで4位入賞や全国高校駅伝で1区区間2位になるなど、世代トップクラスの実力を誇った。高校卒業後は九州電工に入社。1966年の別府毎日では、20歳で初マラソンながら日本歴代5位の好タイムを記録すると、同年のボストンで準優勝。1967年の国際では2位ながら従来の世界最高記録を上回る日本最高記録を樹立し、五輪でも優勝候補と言われた。1968年のメキシコ・五輪に出場後、新たな環境を求めて1970年に神戸製鋼へ移籍。移籍後はマラソンよりも駅伝に注力し、全日本実業団駅伝で活躍した。 1968年のメキシコ・五輪では、前半から先頭集団でレースを進めたが、21kmを過ぎてからウォルデ(エチオピア)のスパートに付いて行けず、集団から遅れ始めると30kmを過ぎてから急失速。35kmで途中棄権となった。 |
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1966. 2.13 別府毎日 2.15.32 4位 初マラソン日本最高・日本歴代5位 1966. 4.19 ボストン 2.17.34 2位 1967. 2. 5 別府毎日 2.13.38 2位 日本歴代3位 1967.12. 3 国際 2.11.17 2位 日本最高記録・世界歴代2位 1968. 2. 4 別府毎日 2.13.23 2位 1968.10.20 メキシコ・五輪 途中棄権 1971.12. 5 国際 2.33.52 40位 1972.12.24 防府 2.20.47 1位 |
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