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1964-M15 |
1964年 東京・五輪 15位 |
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てらさわ とおる |
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寺沢 徹 |
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アベベの記録を破り世界最高記録を樹立 |
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クラレ |
富山西部高(富山)− プリンス自動車富山− 倉敷レイヨン富山− クラレ大阪 |
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1935年生 |
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世界最高記録を筆頭に、通算4回の日本最高記録を樹立するなど、日本マラソンのレベルを大きく引き上げたランナー。中学・高校と陸上部がなく、バレーボール部やハンドボール部に所属しながら陸上の大会に駆り出される中でも、高校3年時には1500mでインターハイに出場した。卒業後は地元の企業に勤めながらトラックレースに出ていたが芽が出ず、24歳でマラソンに本格参戦した。初マラソンの好走が村社講平の目に止まり、マンツーマンの指導を受けるようになり一気に飛躍。1962年の朝日国際で日本最高記録を樹立すると、わずか2か月半後の別府大分で世界最高記録を叩き出す離れ業をやってのけた。以後、日本最高記録を2回に渡って更新するなど、日本のトップランナーとして実績を残した。 1964年の東京・五輪では、前半は積極的に4番手前後を走っていた。しかし、後半徐々に順位を落としてしまい15位に終わった。 |
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1960. 4. 福井中日 2.34.24 3位 1961. 3.12 別府大分 2.27.14 3位 1961. 6.25 毎日 2.44.26 8位 1961.12. 3 朝日国際 2.24.32 6位 1962. 2.11 別府大分 2.27.05 5位 1962. 5.13 毎日 2.31.54 3位 1962.10.20 オークランド 2.19.14 2位 1962.12. 7 朝日国際 2.16.18 1位 日本最高・世界歴代2位 1963. 1.15 愛媛 2.20.25 1位 1963. 2.17 別府大分 2.15.15 1位 世界最高・日本最高 1963. 5.12 毎日 2.24.29 5位 1963.10.15 朝日国際 途中棄権 1964. 2. 2 別府大分 2.17.48 1位 1964.12. 6 朝日国際 2.14.48 1位 日本最高・世界歴代3位 1965. 2.18 別府大分 2.14.38 1位 日本最高・世界歴代3位 1969. 3.23 信毎 2.21.02 1位 |
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