1960-M32

1960年 ローマ・五輪 32位

わたなべ かずみ

渡邊 和己

生涯現役をモットーに、75回ものマラソン完走

九州電工

筑紫野高(福岡)−

中央大−九州電気工事

29.10.4

1935年生

中学の校内駅伝で好成績を収めたことから陸上を始めた。高校3年時には全国高校駅伝で1区を区間6位で走り、チームの全国制覇に大きく貢献した。大学でも箱根駅伝に3回出場し、チームの総合優勝に貢献している。卒業後は九州電気工事に入社しマラソンを志した。1960年の別府大分では30kmからの5kmで後続を1分半も引き離す快走を見せ、日本歴代3位の好タイムでフィニッシュ。1961年のローマ・五輪に出場した。1963年別府大分では当時の日本最高を上回る日本歴代2位の快走を見せたが、11月の記録会で日本新記録を樹立したことから10000mで東京・五輪に出場した。マラソン代表を経験した後にトラック代表になった初のケースだった。

1961年のローマ・五輪では、中間点過ぎまでアベベに食らいつく積極的な走りを見せたが、終盤にけいれんを起こし32位でゴールした。

主なマラソン成績

 

1958.12. 7 朝日国際   2.28.04 9位

1960. 2.14 別府大分   2.23.30 1位 日本歴代3位

1960. 9.10 ローマ・五輪 2.29.45 32位

1960.12. 3 朝日国際   2.27.41 7位

1962.12. 2 朝日国際   2.20.18 9位

1963. 2.17 別府大分   2.15.30 2位 日本歴代2位

1964. 4.12 毎日     2.20.56 6位

1963.10.15 朝日国際   2.20.47 4位